「東京ポッド許可局」に学ぶ、演劇を観に行かない人の壁

2026年6月27日深夜、TBSラジオ「東京ポッド許可局」の放送で、マキタスポーツさん、プチ鹿島さん、サンキュータツオさんの3名が繰り広げたのは「演劇を観に行かない人に、どうやって観に行こうと思わせるか」という、小劇場関係者にとって常に考えているテーマでした。カクスコ、拙者ムニエル、双数姉妹、ナイロン100℃などの劇団名も登場しました。

この議論の発端は、マキタスポーツさんがケラリーノ・サンドロヴィッチさんの演出で実際に舞台に立つという経験にありました。

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演劇のチケット代は高いのか、それとも当然なのか

議論の最初に切り出されたのは、お金の話です。マキタスポーツさんは実際に稽古を経験し、1ヶ月近くの稽古期間、そして多くのスタッフの存在を目の当たりにして、演劇がいかにコストのかかる営みであるかを痛感したと言います。

現在の演劇チケットの相場について、マキタスポーツさんは1万円程度と語ります。サンキュータツオさんは5,000円程度と認識していたものの、それを聞いて「なるほど」と納得する様子でした。プチ鹿島さんは「物価高の時代に演劇1万円はまあまあ妥当な額で、むしろちょっと安いくらいかもしれない」とまで言います。

ここに大きな溝が見えてきます。演劇に関わる人間の論理からすれば、かかった手間と時間と人件費を考えれば確かにその価格は妥当です。ところが、演劇を観たことがない人、特に若い世代から見れば、「1万円あったら映画は5回見られる」とか「ディズニーに行ける」という別の選択肢が当然のように浮かびます。マキタスポーツさんは「20代で1万円はちょっと無理ですよ」と、率直に認めていました。

一度の“はずれ”がもたらす致命的なダメージ

この議論で特に印象的だったのは、サンキュータツオさんが語った実体験です。彼は若い頃、友達の友達が出ているという理由で演劇を観に行き、その1時間半から2時間が「クソつまらない」時間だったと振り返っていました。そして、カーテンコールで役者たちが気持ちよさそうにしているのを見て、なんとも言えない気持ちになったと。

マキタスポーツさんもまた、1万円払って「こんなにつまらないのか」と感じた経験があると言います。映画や音楽と違って、演劇は一度の体験がその人にとっての演劇全体のイメージを決定づけてしまうリスクが非常に高い。つまらない体験をした人は、二度と劇場に足を運ばなくなるかもしれません。

しかしプチ鹿島さんが紹介した「つまらない演劇はつまらない映画の10倍つまらないけど、いい演劇はいい映画の10倍面白い」という言葉は考えさせられます。生でしか味わえない迫力があるからこそ、その成功と失敗の落差も大きい。観に来てくれたお客さんを決して裏切ってはいけないという、演劇に携わるすべての人の覚悟が問われる言葉です。

物理的な快適さの問題

話が盛り上がる中で、サンキュータツオさんが語ったのが小劇場の椅子の問題でした。腰を痛めており、背もたれがない椅子にずっと座っていると背中がしびれて動けなくなってしまうと言います。

この指摘は、制作の担当者には痛い指摘です。劇団はどうしても作品や演出に意識が集中しがちですが、観客にとっては座り心地や見やすさといった物理的な環境も、体験の質を左右する大きな要素です。いくら素晴らしい舞台でも、腰が痛くて早く終わらないかと祈っているような状態では、感動も半減するでしょう。

快適な空間を提供することは、リピーターを増やすための基本中の基本であるはずです。小劇場では予算の制約もあるでしょうが、せめて背もたれのある椅子を選ぶ、あるいは劇団としてクッションを用意するといった小さな工夫が必要ということがわかります。

日常の延長線上に劇場があるということ

プチ鹿島さんが語った学生時代の経験も、示唆に富んでいました。大学生の頃、百貨店でアルバイトをしていて、その上の階に劇場がありました。仕事帰りに「ちょっと」演劇を観に行くという習慣があったと言います。カクスコなどの劇団も見ていたそうで、わざわざ足を運ばなくても、買い物や仕事のついでに立ち寄れる。その手軽さが、彼を演劇観客にした大きな要因だったようです。

マキタスポーツさんもこれに触れ、かつて新宿の紀伊國屋サザンシアターが、書店の上の位置に劇場があった時代を懐かしみました。本屋と劇場がセットになっていることで、自然と文化に触れる機会が生まれていた。しかし今、その場所は、劇場自体はあるものの、書店は別の店舗になってしまい、その連続性は失われてしまっています。

日常の中にある劇場という形態は、参入障壁を下げるひとつの重要なヒントでしょう。特別な予定として演劇を観に行くのではなく、ショッピングや食事の延長線上に演劇がある。そんな文化的なインフラをどうやって再構築していくか。これは大きなテーマとして残されました。

ファンダムに頼る現実

マキタスポーツさんは現在の演劇興行の現状として、2.5次元作品や人気アイドルを主演に据えることで既存のファンダムを呼び込む方法があると指摘します。テニスの王子様のような既にヒットしている原作を舞台化したり、アイドルグループのメンバーを起用したりするのは、資本主義の原理として当然の流れであり、ひとつの方策ではあります。

しかし、そうした手法に頼らない演劇、つまり看板俳優や外部のファン層に依存しない作品にはお客さんがなかなか来ない現実もあります。特定の劇団に惚れ込んだ固定客が支えているケースもあるものの、一発勝負の作品は興行的に厳しい状況にあるようです。

まとめ

東京ポッド許可局の放送を通じて浮かび上がってきたのは、演劇に関わる人と一般の観客の間に横たわる認識のズレです。演劇人にとっては当たり前のことが、外の人には全く伝わっていない。コスト構造も、制作のプロセスも、その価値も。

この放送の後、マキタスポーツさんはご自身のXでこんな言葉を残していました。設問としてこの問題を演劇村の人たちだけに独り占めさせないでオープンに考えてみるのはいかがでしょう、と。これは番組本編での発言ではありませんが、この議論を受けて彼が発したその言葉は、まさにこの問題の本質を突いているように思います。

演劇を続けていくために、まずは演劇を観ない人のことをもっと知ること。彼らが何を考え、何に躊躇し、何を求めているのか。その理解なくして、新しいお客さんを劇場に呼び込むことはできないでしょう。東京ポッド許可局の放送は、そのための貴重なヒントに満ちていました。

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